はじめに
最近、とっても本を読むようになりました。
それが自分にとって大きな変化であり大変に嬉しいことだったので、書き記しておこうと思います。
本を読まなくなったはなし
まず、以前は趣味を聞かれたら「読書です」と自信を持って答えるくらいには本を読んでいた時期があります。
1冊読み終われば次の瞬間には新しい本を読み始めて、途切れることなく本を読み続けていました。
そのほとんどは小説で、冊数としては年間で100冊は読んでいたかと思います。
ちょっとした隙間時間に本を開き、やらねばならぬことを横においやってページをめくり、寝る間を惜しんで物語の世界に浸りました。
そんな何時見が、ある時期を境にぱたりと本を読まなくなってしまいました。
理由はいくつかあるのですが、一番大きいのは積読です。
積読、つまりは読まずに積んでしまっている未読本のストックですね。
何時見はこの積読本というものがあまり好きではありません。
本は手に取った時が一番読むモチベが高いので、可能な限り最高の状態で読んで楽しみたいんです。
電子書籍は漫画のみなので、この積読は全て紙の本を指します。
積まれる本といえば、本屋さんでまとめて買った、図書館でまとめて借りた、というような数冊がせいぜいでした。
でも、どうしてもすぐに読み始められない時ってあるじゃないですか。
そうしている間に、気分が変わってしまっていて、読めるタイミングになっても後でいいやってなってしまうことがあったんです。
せっかく買ったのに読んでいない本は何だか勿体無くて、別の本を手に取るのが躊躇われ、積読がどんどんと熟成されていくわけですね。
そんな積読が5冊を超えた頃、ちょうど生活環境の変化とも噛み合ってしまい、本を読むという習慣自体が消えてしまいました。
単発で旅行の移動時間とか行列に並ぶ時とかに読むことはあったけど、年に1冊読み切るかどうかくらい。
年間100冊の読書量が、突如1冊に変わったわけです。
まぁいつかまた読むようになることがあるかもしれないなと老後の趣味候補に追加しつつ、本が好きという気持ちを持て余してちょっぴり苦しさを感じたりしていました。
狂ったように本を読むようになったはなし
ちょっぴりの苦しさは頭の片隅に持ちつつも、情報に溢れた現代社会では他に楽しいことが溢れんばかりにあるんですよ。
ゲームしたり、テレビや動画を視聴したり、SNSを巡回したり。
とはいえ、電車移動の時にスマホでオフラインでできるパズルゲームをしていた時に、流石にこの時間をもっと有効活用できたらいいのになぁと考えていました。
そんな折に時間を潰すために立ち寄ったショッピングセンターの本屋さんで表紙に一目惚れした本があったんです。
あらすじを見てもとても面白そうで、移動時間で読むように買ってみるかとなりました。
松下龍之介さんの「一次元の挿木」という本です。
こちら、大変に好みの本でスルッと読み切ることができ、久しぶりに日常の中で楽しく本を読みきれたことが嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。
元々活字中毒気味の何時見がそんな喜びを思い出したら、そこからあとは早かったです。
熟成本たちを引っ張り出してきたらあっという間に減りました。
何年も手をつけられず、気にかかり続けていた苦しみは何だったのでしょう。
パズルゲームに費やした意味のわからん時間は何だったのでしょう。
何だか悔しい気持ちを覚えつつも、本を読むのが楽しいという喜びの方が圧勝。
1ヶ月もしない内に熟成本はあと1冊となりました。
しかし、積読が減ると安心感と共に次に読む本がなくなりそうな不安を覚えてしまうのです。
何だか懐かしい感覚。
書店で本を購入しつつもお財布の心配もあって古本屋に行ってみたり、近所の図書館を調べて利用者登録しに行ってみたり……
気がつけば手元に何冊もの本。
新たな積読の気配です。
先述の経験から積読への苦手意識がすごいので、1日予定のないお休みの日に引きこもって積読消化をしたりもしました。
その日の様子はこちら。
読書って、没頭しても後ろめたさは薄く、何なら周りには褒めてもらえるお得な趣味。
気づけば、隙間時間に本を開く生活が完成していました。
もちろんたくさん読めば良いってもんではないですが、読めば読むだけ新しい世界に出会えることに幸せを感じます。
読書沼、居心地が良すぎて恐ろしい。
さいごに
今月(2026年5月)は12冊の本を読了しました。
現在手元にある未読本は、購入本4冊と知人から借りた2冊。
熟成させないよう気をつけつつ、少々熟成させたところでスイッチが入ればまた読書習慣は戻ってくるということがわかったので、気楽に楽しんでいきたいなと思います。
それでは、今回はこの辺で。
またいつでも見にきてね🌷
何時見なこでした。ばいばい。


